2009/06/05(Fri)
■おかーる
おかあさん
(お)かあちゃん
ママ
お袋
おっかぁ
母
母上(これは、現代ではあまりないかな?)
etc.
皆さんは、母親のことを何と呼んでいるでしょうか?
我が家では、母親の事を…
おかーる
と呼んでいます。
この語源は何なんでしょうかね…(笑)
お母さん→おかぁ
は分かるんですが…
“かーる”
って、これはどういう意味なんでしょうかね?
言っている本人が分からないので、皆さんは尚分からないでしょうけど…
まぁ、単に語呂が良かったのでしょう…
この呼称の語源は不明ですが、この呼称を使うようになったキッカケは、何となく覚えております。
私が、小学一年〜二年生の頃、近所に毎日のように遊ぶ同級生がおりました。
その同級生が、急に…
「おとーる、ハ〜ゲ!」
って、言い始めたんです。
自分のお父さんの事をそう言って楽しんでいた感じでした。
確かに、その同級生のお父さんの頭は寒々しかったです…(笑)
ウ○コとか、ハゲとか、そういう言葉に過剰反応をする年頃です…
そのうち、自分のお父さんのこととか関係なく、その響きが心地よくなってきたのでしょう、完全に我々のギャグというか、口癖のようになってしまいました。
そうなると、友達といる時だけでなく、家に帰っても使いたくなるのが子供というもの…
「おとーる、ハ〜ゲ!」
と、やりますわな。
そして、お父さんが「おとーる」なら、お母さんは「おかーる」だろう、ということで、我が家では、父だけでなく母にも「かーる」を付けた呼称が定着していくのでした。
そう考えると、もう30年以上もそんな呼び方をしてきたんだなぁ…と。
この呼び方、恥ずかしいようで、結婚してからは思わぬメリットもあって…
結婚すると、実の親と義理の親の両方に「お父さん、お母さん」と言わなければなりませんよね?
ゆえに…
○○のお父さん、○○のおかあさん
と呼ばないと、混乱するじゃないですか?
しかし
我が家の場合は
おとーる、おかーる=私の両親の事
お父さん、お母さん=妻の両親の事
と、区別ができるんです!
そして、今度は我々に子供が生まれて…
私のお袋は、考えていたそうです。
「おばあちゃんは嫌だなぁ!」
って。
親戚のおばちゃんは、孫に「ちゃーちゃん」と呼ばれていて、その呼び方が可愛いから、自分も「おばあちゃん」ではない呼び方にしたかったようで…
何気に、そういうところは気が若いというかなんというか…
それで、うちのカミさんと呼び方について話をしていたそうです。
結局、決まったのが…
おばーる
です…
お母さんが“おかーる”なら、おばあちゃんなら“おばーる”でしょう?
まぁ、ヨミ通りですね!(笑)
そんな経緯で、最近おかーるから、おばーるになったばかりの私のお袋でしたが…
先日、5月25日(月)に他界いたしました…
狭心症によるショック状態が、多臓器不全を引き起こし、あっけなく逝ってしまいました…
我々になんの準備もさせないまま…
恐らく、当のお袋本人も、まさかここで死んでしまうとは夢にも思っていなかったと思います。
お袋は、かれこれ4年近く股関節の治療をしていて、直近3年間ずっと入院生活でした。
おいおい、股関節の治療じゃなかったのかよ…
なんだよ、心臓って…
退院の話前提で進んでたんじゃないのかよ…
何が何だか分からねぇよ…
交通事故に遭ったような感覚だよ…
こんな現実を受け入れろってぇのかよ…
こういうことがあった際、一般的に…
生きてこの世に残った者が何をするべきか、否応なくすることになるだろうことは、自分なりに理解しているつもりです。
しかし、正直何もやる気が起きません…
何も考えられません…
子供も生まれ、家族もあるのに、全くそちらへ考えが及びません…
なにもかもどうでもいいような感じで…
自分の気持ちが全くコントロールできません…
そんな我儘が出来るくらい、暇な自分の現状を喜んでいいのか悲しんでいいのか…
こんな状態になったのは初めてなので、余計に混乱しています…
仕事の件も、その週全ての予定をキャンセルさせて戴きました。
関係各位の皆様には、本当にご迷惑をおかけして申し訳なく思います。
「社長(自営)は親が死んでも、死に目に会えないこともあるから、覚悟をしておくように!」
なんてことを周りからも言われたことがあります。
私自身も頭では理解していたつもりでしたが、実際に目の当たりにすると…
どうしても予定を変更せざるを得ませんでした。
私には母の死を押して仕事をすることはできませんでした。
社長失格なのかもしれません…
甘ちゃんなのかもしれません…
それでも、私は仕事より母の死を優先したことをいまでも良かったと思っています。
私は、経営者や自営業に向いていない男なのかもしれませんね…
それでもいいです…(決して、開き直っている訳ではないです)
葬儀が終わってから、ボーッと毎日メソメソ、ジメジメしている自分が嫌になりますが、どうしようもなく寂しく、この突発的に起こった現実を受け止められなくて…
どうせウジウジしているなら…
何か書いてみようと思って…
自分の思いの整理も出来るのでは?と期待して…
以下「続きを読む」にて…
(お)かあちゃん
ママ
お袋
おっかぁ
母
母上(これは、現代ではあまりないかな?)
etc.
皆さんは、母親のことを何と呼んでいるでしょうか?
我が家では、母親の事を…
おかーる
と呼んでいます。
この語源は何なんでしょうかね…(笑)
お母さん→おかぁ
は分かるんですが…
“かーる”
って、これはどういう意味なんでしょうかね?
言っている本人が分からないので、皆さんは尚分からないでしょうけど…

まぁ、単に語呂が良かったのでしょう…
この呼称の語源は不明ですが、この呼称を使うようになったキッカケは、何となく覚えております。
私が、小学一年〜二年生の頃、近所に毎日のように遊ぶ同級生がおりました。
その同級生が、急に…
「おとーる、ハ〜ゲ!」
って、言い始めたんです。
自分のお父さんの事をそう言って楽しんでいた感じでした。
確かに、その同級生のお父さんの頭は寒々しかったです…(笑)
ウ○コとか、ハゲとか、そういう言葉に過剰反応をする年頃です…
そのうち、自分のお父さんのこととか関係なく、その響きが心地よくなってきたのでしょう、完全に我々のギャグというか、口癖のようになってしまいました。
そうなると、友達といる時だけでなく、家に帰っても使いたくなるのが子供というもの…
「おとーる、ハ〜ゲ!」
と、やりますわな。
そして、お父さんが「おとーる」なら、お母さんは「おかーる」だろう、ということで、我が家では、父だけでなく母にも「かーる」を付けた呼称が定着していくのでした。
そう考えると、もう30年以上もそんな呼び方をしてきたんだなぁ…と。
この呼び方、恥ずかしいようで、結婚してからは思わぬメリットもあって…
結婚すると、実の親と義理の親の両方に「お父さん、お母さん」と言わなければなりませんよね?
ゆえに…
○○のお父さん、○○のおかあさん
と呼ばないと、混乱するじゃないですか?
しかし
我が家の場合は
おとーる、おかーる=私の両親の事
お父さん、お母さん=妻の両親の事
と、区別ができるんです!
そして、今度は我々に子供が生まれて…
私のお袋は、考えていたそうです。
「おばあちゃんは嫌だなぁ!」
って。
親戚のおばちゃんは、孫に「ちゃーちゃん」と呼ばれていて、その呼び方が可愛いから、自分も「おばあちゃん」ではない呼び方にしたかったようで…
何気に、そういうところは気が若いというかなんというか…
それで、うちのカミさんと呼び方について話をしていたそうです。
結局、決まったのが…
おばーる
です…
お母さんが“おかーる”なら、おばあちゃんなら“おばーる”でしょう?
まぁ、ヨミ通りですね!(笑)
そんな経緯で、最近おかーるから、おばーるになったばかりの私のお袋でしたが…
先日、5月25日(月)に他界いたしました…
狭心症によるショック状態が、多臓器不全を引き起こし、あっけなく逝ってしまいました…
我々になんの準備もさせないまま…
恐らく、当のお袋本人も、まさかここで死んでしまうとは夢にも思っていなかったと思います。
お袋は、かれこれ4年近く股関節の治療をしていて、直近3年間ずっと入院生活でした。
おいおい、股関節の治療じゃなかったのかよ…
なんだよ、心臓って…
退院の話前提で進んでたんじゃないのかよ…
何が何だか分からねぇよ…
交通事故に遭ったような感覚だよ…
こんな現実を受け入れろってぇのかよ…
こういうことがあった際、一般的に…
生きてこの世に残った者が何をするべきか、否応なくすることになるだろうことは、自分なりに理解しているつもりです。
しかし、正直何もやる気が起きません…
何も考えられません…
子供も生まれ、家族もあるのに、全くそちらへ考えが及びません…
なにもかもどうでもいいような感じで…
自分の気持ちが全くコントロールできません…
そんな我儘が出来るくらい、暇な自分の現状を喜んでいいのか悲しんでいいのか…
こんな状態になったのは初めてなので、余計に混乱しています…
仕事の件も、その週全ての予定をキャンセルさせて戴きました。
関係各位の皆様には、本当にご迷惑をおかけして申し訳なく思います。
「社長(自営)は親が死んでも、死に目に会えないこともあるから、覚悟をしておくように!」
なんてことを周りからも言われたことがあります。
私自身も頭では理解していたつもりでしたが、実際に目の当たりにすると…
どうしても予定を変更せざるを得ませんでした。
私には母の死を押して仕事をすることはできませんでした。
社長失格なのかもしれません…
甘ちゃんなのかもしれません…
それでも、私は仕事より母の死を優先したことをいまでも良かったと思っています。
私は、経営者や自営業に向いていない男なのかもしれませんね…
それでもいいです…(決して、開き直っている訳ではないです)
葬儀が終わってから、ボーッと毎日メソメソ、ジメジメしている自分が嫌になりますが、どうしようもなく寂しく、この突発的に起こった現実を受け止められなくて…
どうせウジウジしているなら…
何か書いてみようと思って…
自分の思いの整理も出来るのでは?と期待して…
以下「続きを読む」にて…
2009年5月25日(月) 10:30
お袋が永眠した日時です。
死因は、「狭心症ショック状態による敗血症」みたいなことが書いてありました。
お袋の死は、先に病院に着いていた叔父の電話で知りました。
「心臓マッサージを止める指示が欲しい」
という電話の内容でした…
(私は仕事があったので、状況により病院へ向かう予定だったので…)
その時、先に病院へ向かうという叔父さんの車に、親父を乗せるため、お袋の実家へ親父を送った帰り道でした。
→正確には、帰りがけに、ばあちゃんのお墓にお願いをしようと、お茶と線香を買ってお墓に行こうとした時でした。
電話に対して、親父に判断は任せる旨を伝え、電話を切ります。
「もうダメか…」
今までにない程、胸が締め付けられました…
親父から…
「マッサージ止めるように伝えたから…」
という電話が入る。
「うん…」
と、答えるのが精一杯でした。
その後、電話でカミさんにお袋の死を伝える。
同時に、涙がとめどもなく溢れてきました…
“葬儀が終わるまでは泣かない”
そう思っていたのですが、ものの数秒でその誓いを破ることになりました。
頭の中がお袋一色になり、どうしようもなく涙が止まりませんでした。
5月23日(土)
入院先から、突然の母親急変の電話。
心臓の疾患による発作と聞く(股関節じゃないの?)
心臓の件は問題なかったのに、血圧の低下が止まらない状態になる
…でも、話を出来るくらいには落ち着いていた。
5月24日(日)
前日よりかなり良い状態に見えた。
血圧も安定して、話もよくしていた。
しかし、血圧の安定は薬によるもの。
また、肝臓・腎臓の数値が悪くなっているようで、予断は許さないと宣告される。
5月25日(月)
「気持ちが悪い」と看護士に訴えた後、意識がなくなったという。
8:30頃、病院から近くに住む妹に連絡があったようで、皆病院に向かう。
私は、仕事があったので、妹から状況を聞くまで家で待機しようとしていた。
そうしたら、状況どころか死亡へ向かうための親族判断を請われる事に…
24日、この日、お袋がみんなに握手を求めてきました。
最後の挨拶みたいで嫌だったのですが
「みんなのパワーが欲しい」
ということだったので、握手をしました。
私は、照れくささもあり、軽く触れる程度で握手をしました。
今思えば、もっと強く握手をしておけば良かった…と後悔しても、しきれないです。
あとで聞いた話ですが、病院の先生方や看護士にも握手を求めていたそうです。
最後まで生きたかったんだというお袋の気持ちを思うと、余計に涙が出てきてしまって…
でも、何か本人も気が付かないレベルで、何かが最後の挨拶をさせたのかもしれませんね。
「○○には退院出来そうだ!」
これが、主治医や我々親族の認識でした。
私の息子が生まれる時も…
「うちの子の出産とお袋の退院、どっちが早いか?」
妹の子供&私の子供のお宮参りやお食い初めの時も…
「それまでには退院できるか?」
夏に、父の実家で親戚の住む石川旅行を考えていたので…
「それまでに外出できるようになっているのか?」
その度に、傷口が膿んだり発熱して、入院が延び続けていましたが、命に関る菌ではないし、検査の結果も悪くない…
入院生活が長引くことはあれ、いつでも「退院」「外出許可」というものが、必ずチラつく入院生活でした。
なのに…
死ぬってどういうことよ?
「退院したら、料理作ってあげるよ!TVで美味しそうだったからメモってるんだ!あんたはメタボだから…」
と言っていたお袋。
お袋の荷物からレシピメモが出てきた時、涙が止まらなかった…
「私はリウマチだし、孫のお守りをするには無理だから、色々な所に一緒に行って遊んであげて、色々買ってあげるんだ!」
と言っていたお袋。
カミさんと一度も一緒に買い物に行けなかったじゃねぇか!
もっと、孫を抱かせてあげたかった…
もっと、孫の成長を見せてあげたかった…
我が子を見ると涙が出てくるまでに落ちました。
「雄一、スパゲティが食べたいなぁ…」
「雄一、お寿司でもいいよ!(笑)」
と言っていたお袋。
何度も連れて行ったけど、これからもっともっと連れて行く予定だったのに…
あんな風に、おねだりされることもないと思うとまた涙が…
「今年は、石川のばあちゃんの二十三回忌だし、石川行かないとねぇ!」
と言っていたお袋。
夏には、外出許可が出せそうだと主治医が言ってたぞ!
夏の旅行、約束破るなよ!
今年は、田舎に帰って笑える自身がないよ…
「お父さんを置いて、先に逝けないよ!」
と言っていたお袋。
この嘘つきがっ!
自分が先に逝っちまったじゃねぇか!
それもこんなに早く、あっけなく…
息子は、マザコンだとよく言われますが…
こうなってみて…
もう一度、外で食事がしたかった…
もう一度、笑った顔が見たかった…
もう一度、家に帰してあげたかった…
もう一度、電話が欲しかった…
もう一度、小言を言われたかった…
もう一度、話がしたかった…
もう一度…
もう一度…
もう一度…
もう一度、お袋に会いたい…
たまらなく、お袋に会いたい…
お袋に会いたくてたまらない…
お袋が、期待しない形で実家に帰ってきて…
通夜までの2夜、私はお袋と一緒に過ごしました。
悲しくて、悔しくて、お袋が可愛そうで、殆ど眠る事が出来ませんでした。
そして、今までにないくらい、お袋の顔をずっと見ていました。
また、死体をこんなに触ることは今後ないかもしれない…という程、お袋の顔を触りました。
何度となく、呼びかけたりもしました。
しかし、お袋は再び動き出すことはありませんでした…
そんなことを繰り返し、色々な思いが浮かんできて…
涙がまた溢れてくる…
もう、どうしようもない…
なぜ…?
なんで、こんな時に…?
どうして、こんな最後に…?
このような言葉が、ただただ頭の中を廻ります。
今週に入って、「涙が制御不能」状態から抜け出せたのは、少し落ち着いたのかな?と思いつつ…
初七日を終え、お墓を購入し、四十九日法要の準備が少しづつ進んでいくに従い、また寂しさが込み上げてきます…
一つ一つのものが形になる時…
多くは喜びを感じることだと思います。
しかし今回の場合、一つ一つ形にしていくたびに、お袋の死を改めて意識する結果となって、どうしようもない寂しさが込み上げてきます。
「本当に死んでしまったんだな…」
この世で、お袋との思い出はこれ以上作ることもできないんだなぁ…
違う場所に住んでいても、同じ時の流れの中でそれぞれが何かを感じているはずなのに、お袋はもう同じ時間軸の中で、ものを感じることはないんだ…
親父とお袋の息子として生まれ、妹がいて、私は今のカミさんをもらい、子供が出来て…
そんなお袋との奇跡(偶然)の関係が、5月25日でプツッと途切れてしまった感じで…
(いつまでも、お袋の息子と言う関係は変わらないんだけど、何となくそう感じて…)
こんなメチャクチャな文章を書いていること自体、頭の中が整理できていない証拠なんだろうけど…
おい、お袋…
いや、おかーる!
今何をやっているんだい?
あの世はどうだい?
リウマチや股関節の痛みに悩まされずに、快適なのかい?
今日、お墓を決めてきたぞ。
のどかな、田園風景の広がる静かな場所だよ。
墓は、じいちゃんばあちゃんのものに比べれば、ちょっと小さいけど、それは勘弁してくれよ…
おかーるがあまりに早く逝っちまうから、一人ぼっちのお墓暮らしが長くなると思うけど、たまには遊びに行くから我慢しろよな!
親父が「喧嘩相手がいなくなった…」って、寂しくしているぞ!
俺も、うるせぇのがいなくなって寂しいぞ…
生きがいだって言ってた孫だって、生きててこその「生きがい」だぜ…何やってんだよ、おかーるよぉ!
死んでんじゃねぇよ!
寝たきりだっていいんだよ…
病院生活で一緒にいられなくてもいいんだよ…
生きてりゃ、それだけでいいんだよ…
全く、何でこんなに早く逝っちまったんだよ…
俺ぁ、それしか言葉が出てこねぇよ…
なぁ?おかーる…
なぁ…
なぁってばよ!
こんなこと書いてたら…
「雄一、お前はまたそんなことばかり言って、そんな情けない事ばかり言ってるような男だと、サブちゃん(カミさん)に逃げられちゃうよ!」
「あんたみたいな我儘で甲斐性なしの男は、サブちゃんに逃げられたら他はないよ!」
って、言われるんだろうなぁ…
参ったなぁ…
残った者は前に進めってか?
ホント参った…
とりあえず、数十年待ってろや!
俺がそっちに行った時…
今回のおかーるの早死にに関して、あの世でたっぷり説教してやるからよ!
楽しみにして待ってろよ!
ホント楽しみにな…
俺は、またおかーるに会えるのを楽しみにしているぜ!
その時まで、ゆっくりしとけや!
じゃ、またな…おかーる
お袋が永眠した日時です。
死因は、「狭心症ショック状態による敗血症」みたいなことが書いてありました。
お袋の死は、先に病院に着いていた叔父の電話で知りました。
「心臓マッサージを止める指示が欲しい」
という電話の内容でした…
(私は仕事があったので、状況により病院へ向かう予定だったので…)
その時、先に病院へ向かうという叔父さんの車に、親父を乗せるため、お袋の実家へ親父を送った帰り道でした。
→正確には、帰りがけに、ばあちゃんのお墓にお願いをしようと、お茶と線香を買ってお墓に行こうとした時でした。
電話に対して、親父に判断は任せる旨を伝え、電話を切ります。
「もうダメか…」
今までにない程、胸が締め付けられました…
親父から…
「マッサージ止めるように伝えたから…」
という電話が入る。
「うん…」
と、答えるのが精一杯でした。
その後、電話でカミさんにお袋の死を伝える。
同時に、涙がとめどもなく溢れてきました…
“葬儀が終わるまでは泣かない”
そう思っていたのですが、ものの数秒でその誓いを破ることになりました。
頭の中がお袋一色になり、どうしようもなく涙が止まりませんでした。
5月23日(土)
入院先から、突然の母親急変の電話。
心臓の疾患による発作と聞く(股関節じゃないの?)
心臓の件は問題なかったのに、血圧の低下が止まらない状態になる
…でも、話を出来るくらいには落ち着いていた。
5月24日(日)
前日よりかなり良い状態に見えた。
血圧も安定して、話もよくしていた。
しかし、血圧の安定は薬によるもの。
また、肝臓・腎臓の数値が悪くなっているようで、予断は許さないと宣告される。
5月25日(月)
「気持ちが悪い」と看護士に訴えた後、意識がなくなったという。
8:30頃、病院から近くに住む妹に連絡があったようで、皆病院に向かう。
私は、仕事があったので、妹から状況を聞くまで家で待機しようとしていた。
そうしたら、状況どころか死亡へ向かうための親族判断を請われる事に…
24日、この日、お袋がみんなに握手を求めてきました。
最後の挨拶みたいで嫌だったのですが
「みんなのパワーが欲しい」
ということだったので、握手をしました。
私は、照れくささもあり、軽く触れる程度で握手をしました。
今思えば、もっと強く握手をしておけば良かった…と後悔しても、しきれないです。
あとで聞いた話ですが、病院の先生方や看護士にも握手を求めていたそうです。
最後まで生きたかったんだというお袋の気持ちを思うと、余計に涙が出てきてしまって…
でも、何か本人も気が付かないレベルで、何かが最後の挨拶をさせたのかもしれませんね。
「○○には退院出来そうだ!」
これが、主治医や我々親族の認識でした。
私の息子が生まれる時も…
「うちの子の出産とお袋の退院、どっちが早いか?」
妹の子供&私の子供のお宮参りやお食い初めの時も…
「それまでには退院できるか?」
夏に、父の実家で親戚の住む石川旅行を考えていたので…
「それまでに外出できるようになっているのか?」
その度に、傷口が膿んだり発熱して、入院が延び続けていましたが、命に関る菌ではないし、検査の結果も悪くない…
入院生活が長引くことはあれ、いつでも「退院」「外出許可」というものが、必ずチラつく入院生活でした。
なのに…
死ぬってどういうことよ?
「退院したら、料理作ってあげるよ!TVで美味しそうだったからメモってるんだ!あんたはメタボだから…」
と言っていたお袋。
お袋の荷物からレシピメモが出てきた時、涙が止まらなかった…
「私はリウマチだし、孫のお守りをするには無理だから、色々な所に一緒に行って遊んであげて、色々買ってあげるんだ!」
と言っていたお袋。
カミさんと一度も一緒に買い物に行けなかったじゃねぇか!
もっと、孫を抱かせてあげたかった…
もっと、孫の成長を見せてあげたかった…
我が子を見ると涙が出てくるまでに落ちました。
「雄一、スパゲティが食べたいなぁ…」
「雄一、お寿司でもいいよ!(笑)」
と言っていたお袋。
何度も連れて行ったけど、これからもっともっと連れて行く予定だったのに…
あんな風に、おねだりされることもないと思うとまた涙が…
「今年は、石川のばあちゃんの二十三回忌だし、石川行かないとねぇ!」
と言っていたお袋。
夏には、外出許可が出せそうだと主治医が言ってたぞ!
夏の旅行、約束破るなよ!
今年は、田舎に帰って笑える自身がないよ…
「お父さんを置いて、先に逝けないよ!」
と言っていたお袋。
この嘘つきがっ!
自分が先に逝っちまったじゃねぇか!
それもこんなに早く、あっけなく…
息子は、マザコンだとよく言われますが…
こうなってみて…
もう一度、外で食事がしたかった…
もう一度、笑った顔が見たかった…
もう一度、家に帰してあげたかった…
もう一度、電話が欲しかった…
もう一度、小言を言われたかった…
もう一度、話がしたかった…
もう一度…
もう一度…
もう一度…
もう一度、お袋に会いたい…
たまらなく、お袋に会いたい…
お袋に会いたくてたまらない…
お袋が、期待しない形で実家に帰ってきて…
通夜までの2夜、私はお袋と一緒に過ごしました。
悲しくて、悔しくて、お袋が可愛そうで、殆ど眠る事が出来ませんでした。
そして、今までにないくらい、お袋の顔をずっと見ていました。
また、死体をこんなに触ることは今後ないかもしれない…という程、お袋の顔を触りました。
何度となく、呼びかけたりもしました。
しかし、お袋は再び動き出すことはありませんでした…
そんなことを繰り返し、色々な思いが浮かんできて…
涙がまた溢れてくる…
もう、どうしようもない…
なぜ…?
なんで、こんな時に…?
どうして、こんな最後に…?
このような言葉が、ただただ頭の中を廻ります。
今週に入って、「涙が制御不能」状態から抜け出せたのは、少し落ち着いたのかな?と思いつつ…
初七日を終え、お墓を購入し、四十九日法要の準備が少しづつ進んでいくに従い、また寂しさが込み上げてきます…
一つ一つのものが形になる時…
多くは喜びを感じることだと思います。
しかし今回の場合、一つ一つ形にしていくたびに、お袋の死を改めて意識する結果となって、どうしようもない寂しさが込み上げてきます。
「本当に死んでしまったんだな…」
この世で、お袋との思い出はこれ以上作ることもできないんだなぁ…
違う場所に住んでいても、同じ時の流れの中でそれぞれが何かを感じているはずなのに、お袋はもう同じ時間軸の中で、ものを感じることはないんだ…
親父とお袋の息子として生まれ、妹がいて、私は今のカミさんをもらい、子供が出来て…
そんなお袋との奇跡(偶然)の関係が、5月25日でプツッと途切れてしまった感じで…
(いつまでも、お袋の息子と言う関係は変わらないんだけど、何となくそう感じて…)
こんなメチャクチャな文章を書いていること自体、頭の中が整理できていない証拠なんだろうけど…
おい、お袋…
いや、おかーる!
今何をやっているんだい?
あの世はどうだい?
リウマチや股関節の痛みに悩まされずに、快適なのかい?
今日、お墓を決めてきたぞ。
のどかな、田園風景の広がる静かな場所だよ。
墓は、じいちゃんばあちゃんのものに比べれば、ちょっと小さいけど、それは勘弁してくれよ…
おかーるがあまりに早く逝っちまうから、一人ぼっちのお墓暮らしが長くなると思うけど、たまには遊びに行くから我慢しろよな!
親父が「喧嘩相手がいなくなった…」って、寂しくしているぞ!
俺も、うるせぇのがいなくなって寂しいぞ…
生きがいだって言ってた孫だって、生きててこその「生きがい」だぜ…何やってんだよ、おかーるよぉ!
死んでんじゃねぇよ!
寝たきりだっていいんだよ…
病院生活で一緒にいられなくてもいいんだよ…
生きてりゃ、それだけでいいんだよ…
全く、何でこんなに早く逝っちまったんだよ…
俺ぁ、それしか言葉が出てこねぇよ…
なぁ?おかーる…
なぁ…
なぁってばよ!
こんなこと書いてたら…
「雄一、お前はまたそんなことばかり言って、そんな情けない事ばかり言ってるような男だと、サブちゃん(カミさん)に逃げられちゃうよ!」
「あんたみたいな我儘で甲斐性なしの男は、サブちゃんに逃げられたら他はないよ!」
って、言われるんだろうなぁ…
参ったなぁ…
残った者は前に進めってか?
ホント参った…
とりあえず、数十年待ってろや!
俺がそっちに行った時…
今回のおかーるの早死にに関して、あの世でたっぷり説教してやるからよ!
楽しみにして待ってろよ!
ホント楽しみにな…
俺は、またおかーるに会えるのを楽しみにしているぜ!
その時まで、ゆっくりしとけや!
じゃ、またな…おかーる
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■お悔やみ申し上げます
びっくりしました。さぞかし気を落としたことでしょう。母親がなくなるのはすごく淋しいものでしょうね。
心からご冥福をお祈りします。
1児の父として耐えて頑張ってください。
心からご冥福をお祈りします。
1児の父として耐えて頑張ってください。
■ごりらさんへ
コメントありがとうございます。
いまだに、気持ちの整理が出来ずにいます…
急だったのもあり、正直参ってしまいましたよ…
先に逝ってしまう事はそれなりに覚悟をしていましたが、いなくなってこんなに寂しいものとは…
想像以上でした。
やることは分かっているというより、決まってくるのでしょうけど、後は時間と上手く付き合いつつ心に整理を付けていこうと思います。
いまだに、気持ちの整理が出来ずにいます…
急だったのもあり、正直参ってしまいましたよ…
先に逝ってしまう事はそれなりに覚悟をしていましたが、いなくなってこんなに寂しいものとは…
想像以上でした。
やることは分かっているというより、決まってくるのでしょうけど、後は時間と上手く付き合いつつ心に整理を付けていこうと思います。
■涙
この度は、突然のことで、さぞ、心を痛められたことでしょう。
心よりお悔やみ申し上げます。
6月以降、仕事の関係でPCが家にないことが多く、ブログを拝見しておりませんでした。
お母様の御不幸を知りもせず、お悔やみ一つ申し上げることもせず、無邪気に電話していた私を快く相手してくれていた岩本さんの心遣いに本当に頭が下がります。
ブログを拝見していて涙が出てきました。
私は、岩本家の面白話が大好きです。そこで、登場するお母様はとても明るくて素敵な人でした。
でも、そんなことは話を聞かなくても岩本さんを見れば分かります。
素敵なお母さまなくして、岩本さんのような素敵な人物はなかなかいないですもん。
6月は本当につらかったことと思います。これからも寂しさは消えないと思いますが、少しづつ少しづつ元気になって下さい。私で手伝えることがあればなんなりと。
また、電話しますね。
お浄土にいらっしゃるお母様に合掌。
心よりお悔やみ申し上げます。
6月以降、仕事の関係でPCが家にないことが多く、ブログを拝見しておりませんでした。
お母様の御不幸を知りもせず、お悔やみ一つ申し上げることもせず、無邪気に電話していた私を快く相手してくれていた岩本さんの心遣いに本当に頭が下がります。
ブログを拝見していて涙が出てきました。
私は、岩本家の面白話が大好きです。そこで、登場するお母様はとても明るくて素敵な人でした。
でも、そんなことは話を聞かなくても岩本さんを見れば分かります。
素敵なお母さまなくして、岩本さんのような素敵な人物はなかなかいないですもん。
6月は本当につらかったことと思います。これからも寂しさは消えないと思いますが、少しづつ少しづつ元気になって下さい。私で手伝えることがあればなんなりと。
また、電話しますね。
お浄土にいらっしゃるお母様に合掌。
■破壊神へ
コメントありがとう!
そして、電話までくれて感謝です!
まぁ、電話で随分と吐き出させてもらったから、ここでは、かる〜く書いときますわ!
今日、四十九日法要を終えてきました。
破壊神とは、不思議な縁というか、偶然の一致みたいなものが今までも何回かあったけど(こじ付けばかり?)、破壊神が私のお袋の死を知った日が、まさか四十九日の日にだとはねぇ!
これも、何か不思議な感じだよ。
電話でも話したけど、お悔やみ申し上げようにも、当の本人(私)が言わなかったんだから、知らないことにお悔やみ申し上げようがないって!(笑)
それは、気にしないでね!
あえて言わなかったのは…
電話で話をしたとおりです。
まぁ…ね
いつまでも辛気臭い雰囲気を醸し出す私に、カミさんは呆れている状態だよ(多分)
いまだにそんなヘタレた状態の私なので、付き合うのは大変かもしれないけど、今度、酒でも付き合ってよ!
その時の私は、説教したくなるくらいネガティブだぜ!(笑)
ま、時間に助けてもらいつつ、前に進むしかないので、やるしかないよね…
電話、嬉しかったよ!
どうもありがとう!
少しは元気でたよ!
そして、電話までくれて感謝です!
まぁ、電話で随分と吐き出させてもらったから、ここでは、かる〜く書いときますわ!
今日、四十九日法要を終えてきました。
破壊神とは、不思議な縁というか、偶然の一致みたいなものが今までも何回かあったけど(こじ付けばかり?)、破壊神が私のお袋の死を知った日が、まさか四十九日の日にだとはねぇ!
これも、何か不思議な感じだよ。
電話でも話したけど、お悔やみ申し上げようにも、当の本人(私)が言わなかったんだから、知らないことにお悔やみ申し上げようがないって!(笑)
それは、気にしないでね!
あえて言わなかったのは…
電話で話をしたとおりです。
まぁ…ね
いつまでも辛気臭い雰囲気を醸し出す私に、カミさんは呆れている状態だよ(多分)
いまだにそんなヘタレた状態の私なので、付き合うのは大変かもしれないけど、今度、酒でも付き合ってよ!
その時の私は、説教したくなるくらいネガティブだぜ!(笑)
ま、時間に助けてもらいつつ、前に進むしかないので、やるしかないよね…
電話、嬉しかったよ!
どうもありがとう!
少しは元気でたよ!


